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渡辺宏の経歴が壮絶「生活保護でカツラ!」埼玉立てこもり医師銃殺事件

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渡辺弘の顔画像

埼玉県ふじみ野市立てこもり事件。渡辺宏の自宅で母親の主治医である医師の鈴木純一(すずきじゅんいち)さん殺害事件の犯人、渡辺宏(わたなべひろし)容疑者66歳の経歴や生い立ち、年金、マザコン、職業の銀行員、医師たちを呼び出した音声などを週間文春から見ていきます。

渡辺宏の子供時代「友達がいなかった」

渡辺宏は1955年11月に生まれ東京都江戸川区の出身。渡辺宏の父親が自宅の敷地内で鍛冶屋、親族が医療機器製作所といった「比較的裕福な家庭」であることが週刊文春で明らかになりました。

 

「お父さんは鍛冶屋。医療用の10〜15センチくらいの大きさのピンセットを作り、親族が経営する医科機器製作所に卸していました。お母さんは洋服の仕立て屋で働いていて、腕は良かった。宏くんは子供の頃、野球ボールを壁に当てて遊んでいた」(渡辺家の知人)

 

 

「正直、卒業アルバムを開いて漸く「こんな人いたなあ」って思い出したくらいなので、影はかなり薄かったと思います。みんな大抵外で遊んだりして男友達は仲良かったので、大抵は覚えているのですが、少なくとも(渡辺容疑者と)一緒に遊んでた記憶はないですね」小学校同級生

 

渡辺宏(わたなべひろし)は幼少期の頃から「野球ボールを壁に当てて遊んでいた」様子から友達がいなかった事がわかります。家庭は裕福であっても小学校の同級生らから「記憶に残らない」等影が薄かった少年時代

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渡辺弘の小学校時代

渡辺宏中高時代はエリート「母親と顔がそっくり」

渡辺宏は中学校では大人しいタイプ、高校時代も影が薄かったが母親と顔がそっくりという特徴があり、顔の印象だけが残っています

「彼は目立たなかったけど、母親と顔がそっくりだった。彼は地元の中学高校を出た後、江戸川信用金庫(現・朝日信用金庫)に就職した」小中学校時代の同級生

 

渡辺宏は高校卒業後に信用金庫に就職します。勉強はしていたようですが、友達も少なく、顔の印象だけで記憶に残らない人物でした

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渡辺弘の高校時代

渡邉ひろしの職業「朝日信用金庫の銀行員」

渡邊ひろしは高校卒業後は江戸川信用金庫へ就職(現在の朝日信用金庫)両親からも誇りと思われ甘やかされて育ちました。

 

『「夕方に職場から車で帰ってくると、家の前で彼はプップーとクラクションを鳴らすんです。するとお父さんが家から出て、車庫のシャッターを開けてあげる。一人っ子だから甘やかされて育ってきたんでしょう。銀行に就職できたら一生安泰と言われていた時代で、お母さんは、いつも『うちの宏が、宏が……』と、可愛がっていた」(前出・知人)

81年7月、前途洋々な社会人生活を送っていた渡辺は、家族のために一大決心をする。借地の上に建てていた自宅を取り壊すと、1345万円のローンを組み、木造2階建てのマイホームを新築したのだ。当時、渡辺は26歳。』

 

渡辺宏は母親から甘やかされているだけではなく、父親からも甘やかされています。自分で運転している車なので車庫のシャッター位自分で開ければ良いが、クラクションを鳴らし、父親に開けさせるおぼちゃまぶり。

 

渡邊宏の職業「懲戒解雇で無職」

渡辺宏は信用金庫で働いていました。1987年に1345万円でローンを組み木造2階建てのマイホームを新築。4年後の1985年1月に自宅を手放すことになります。会社のお金を使いこみ懲戒解雇になっています

 

「会社のお金を使い込み、懲戒解雇になったと聞きました。ローンを返す当てがなく、自宅も売却した。近所の人や友達からも金を借りるようになり、催促されても返せなくなっていった。実際、家の玄関を借金取りがドンドン叩いて、横の窓のほうまで回って『いるんだろ!』と怒鳴ったりしていた。一家は電気を消して居留守を使っていましたが、やがて夜逃げ同然にどこかに行ってしまった」渡辺宏の知人

 

横領事件の後渡邉ひろしの両親は離婚。渡辺宏はここから母親と2人暮らしが始まります当時渡辺宏は43歳で江戸川区の都営アパートで暮らします

 

「夜7〜8時頃、人相の悪い2人組の男たちが月に3〜4回、玄関のドアを叩いて『金返せ!』って。でも、彼らがそれに応じている様子はなかった。ある日、お母さんが『大きい男の人たちが来て怖いのよ』と不安を口にしたこともあった」近隣住民

 

渡辺弘はお金に困っていたようで借金取りが自宅に押し寄せ、従兄にもお金を借りに行きます。この時から直感的に関わらない方がいいと感じていました。20年前くらいに逆ギレされない様に2.3万円渡して返した後も全く会っていないようです。それ位お金に困っていた渡辺宏

 

渡辺弘の貧乏生活「生活保護でカツラ」

借金取りに追われる一方渡辺弘は猟銃を購入したエピソードが公開されました。

年金収入で生活して、生活保護を受給。低家賃の物件に引っ越す為埼玉県ふじみ野市へ引っ越します。家賃は5万2000円全額補助と待遇は良いです

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渡辺弘のカツラ

渡辺弘容疑者のカツラを被った顔画像写真です。この頃から前髪が禿げ上がり鬘を被るくらいヤバくハゲ散らかしていたのでしょう。

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渡辺弘の顔画像

年金生活の生活保護受給者がライフルや猟銃に興味をもち、「全額は払えないからローンでいいですか。私は会社員ですから」と言って購入する。頭金を2万円程払い、失業したから払えないと言って未払いのままです

 

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渡辺弘の散弾銃

渡辺弘のマザコン「大きい声で怒鳴る前髪が後退した男」

渡辺弘は数々の病院で自分の思うようにならない時は、大声を出して母親の診察の事でトラブルを起こしています。

「なんで俺の母親を先に診ない。うちのを先に診てくれと言ってるだろう!」

「おい、うちの母親に失礼だろう。その言い方はなんなんだよ!」

母親が腹痛になれば『すぐに胃カメラをしろ』と。断ると『専門医のくせに分かってない』と大声を出す

「あなたは専門医なのに治療に対して何も分かっていない。治療に対して後ろ向きである。猛省すべきだ」

別の病院でも治療薬にステロイドを使って欲しいと要求。高齢の母親はやせ細って腎臓を患っていたので、副作用で骨折する恐れもあったのでそのことを丁寧に説明しましたが分かってもらえなかった

 

介護施設でも同じく介護の仕方が悪いとクレームを入れて、お風呂の入れ方が悪かったとして、穏便に済ませる為5.6回程無償送迎もさせています。

渡辺弘の自宅「築51年の木造2階建て」

渡辺弘の自宅は築51年の木造2階建てです。内装はリフォームされていて写真で見る限り整備されている部屋です。

 

渡辺弘は母親の介護で働けないと言いながらアルバイト収入が有った事が判明。車検の切れた中古のクラウンをコインパーキングに放置して迷惑をかけていたことも有ります市役所の職員からは母親に関する事は慎重に対応と申し送り事項が有るくらい、クレーマーであることが分かります

 

渡辺弘は母親の介護をしながら、寝る時も母親から離れることは無く母親のベットの隣の床で寝ていました。渡辺弘は母親の介護中心の生活を送っていて母親に対しては幼児に接するように話しかけていたと言います

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渡辺弘の自宅部屋

「動画」渡辺弘容疑者「介護業者を呼び出す音声」




こっちはちゃんと来てくんないと払えないよ
あんなはした金さぁ集金来ない、ね、あんたらが悪いんだから
まず自分の対応を謝ってからぁ集金行きたいんだけどあるいはしてくれと。だからお前みたいな馬鹿と話してもしょうがねんだよ。だから線香も上げに来いっての
だから線香あげに来いよ。こっちはちゃんと来てくれないと払えないよ、ちゃんと筋通してもらわないと。お前のところ介護の会社はおかしいところなんだよ、バカ野郎
介護事業者の男性は電話を不審に思い自宅には行かなかったようです。渡邉ひろしの発言に振り回された業者さんは悲しい毛結果になってしまいました。取り合わなかった業者は助かりました。
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渡辺宏の顔画像

下に続きます・・・

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